カイエの体には、夢魔が寄生している。
毎晩、悪夢を再現し、それによって生じる「恐怖」や「絶望」を食べるためだ。
最初は米粒ほどだった種は、いまや鶏卵ほどの大きさの妖異へと成長していた。
しかし、夢魔はなぜか殻のようなものに包まれていて、一向にそこから飛び出していく様子はない。
自分の心臓の鼓動と共に、刻々と育っていく夢魔。
普段なら夜にしか動き出さないそれが、なぜか日中に目を覚ましていた。
名状しがたい不安を感じながら佇むカイエの前に、あの黒髪の少女ウルスラが居た。
「あら、カイエ。奇遇ですのね?」
ウルダハの冒険者ギルドに立ち寄っていたカイエ傍らに、偶然現れたウルスラは、ふいに得意げな顔になって胸を反らしてみせた。
「聞いてくださいな。わたくし、ついに冒険者として登録して頂けることになったんですのよ!」
「おお、そりゃ良かったな」
「ええ! このわたくしにかかれば、魔物の5匹や10匹なんてことないのですわ!」
「・・・・・・でっかいサソリ相手に、涙目になったことはあったがな」
「そ、そ、それは、若気の至りって奴ですわよ!」
意地悪なカイエのつぶやきに、顔を真赤にして喚き返したウルスラ。
ここ数日付き合ってみて分かったが、彼女は基本的に、前向きで邪気のない性格の持ち主だった。
彼女は姓を明かさなかったが、ウルダハにかつてあった資産家の令嬢であるらしい。
しかし、ひと月ほど前に流行り病で両親が他界。
その遺産目当てで集まった親戚一同に騙される形で、ほぼ全ての財産を奪いつくされ、残ったのは大きな屋敷と、幼い頃から可愛がってくれていた初老の執事のみ。
せめてその屋敷だけでも守ろうと決心したものの、維持には思った以上に金がかかる。
それで自ら金を稼ごうと冒険者を志したが、冒険者登録に際しての試練として与えられた初めての討伐依頼で苦戦し、カイエに助けられた・・・という経緯であったらしい。
ならばと、カイエが戦い方を軽く指導し、あとは本人次第だと言い置いて別れたのだが。
どうやら無事に冒険者としての第一歩を踏み出したようだ。
「良かったな」
何の気なしにそう呟くと。
彼女はふと真顔になり、それから微かに目元を染めて横を向いた。
(・・・・・・ん?)
その反応に、おや?と内心首を傾げたが、ウルスラは「用事を思い出した」と慌てたように去っていってしまった。
その後もウルスラとカイエは、冒険者同士として時折遭遇することになった。
冒険者としての始まりこそ、ドジを踏んだものの。
幸いにして魔術師としての才に優れていたらしいウルスラは、着実に成果をあげ、やがて黒魔道士としての道を歩み始めることとなる。
元お嬢様で世間知らずな彼女は、ことある毎に頓珍漢な言動で周囲を惑わせていた。
だが持ち前の明るい性格ゆえに、周囲も何となくそれを微笑ましく許してしまい、何かれとなく世話を焼いてしまう。
そんな世話焼きなひとりに名を連ねていたカイエ。
しかし、彼女から感じる白い光の正体については、分からず仕舞いだった。
コメント