その後、駆けつけた陸戦隊らの手によって、あの御曹司が行なった様々な惨劇が周知されることとなった。
数ヶ月前から繰り返されていた様々な実験や儀式。消えていく家畜。
かつては数十人規模でいたという家人たちも、少しずつ姿を消していき、最後に残ったのが、ジャックスたちを案内したあの家令だったらしい。
彼は御曹司の乳兄弟に当たる人物。ただひとり御曹司の生活を支えていたのだが、身体はすでに死んでおり、魔方陣を破壊したことで、繋ぎ留められていた魂が解放されたようだ。
屋敷に出入りしていたという商人たちも、屋敷内の一室で遺体で見つかった。
おそらくは御曹司自身も、かなり以前から妖異に取り憑かれていて、その結果として、より残虐な凶行に及ぶことになったのだろう。
結果として誰も救えなかった、悲しい事件。
喚び降ろされた妖異が、新たな悲劇を生む前に食い止めたこと。それを唯一の慰めだと思うほかなかった。
カイは・・・リムサに戻った時には、すでに心は壊れてしまっていた。
なにも見ず、なにも語らず、なにも聴くことなく、ただ息をするだけの身体。
最初に彼を保護したイエロージャケットの御仁の計らいで、心の治療を専門とする診療所に預けられ、そこで治療を受けることになったそうだ。
それでも生きているならいつか、きっと。そう願わずには居られない。
そしてジャックスはといえば再び元の平穏な日々を送っていた。
リムサに戻った数日後、家のテーブルに合鍵を置いたままオリヴェルが姿を消した。
置き手紙も何もなく、リンクパールでの呼び掛けにも応答しない。
彼の所属する弓術士ギルドの知人にもそれとなく訊ねてみたのだが、彼が何か思い悩む様子だったという情報が得られただけで、行方については杳として知れず。
それでもジャックスはこれまで通りに冒険者としての依頼をこなし、ご近所の人々からの頼まれごとに奔走し、子供達を集めては様々な知識を伝える活動を続けていた。いつもと変わらぬ日々だった。
ただ、自分の心の中にポッカリと開いた空虚を除いては。
それから2週間ほど過ぎたとある夜。
冒険者ギルドの依頼を果たし帰宅した庭で、生い茂る庭の草花を見渡しながらジャックスは独り言ちていた。
「生娘でもあるまいし・・・何をしてるんでしょうかね、私は」
家で、庭先で、何かが音を立てるたび、心の表面に波風が起こる。
町中で、道端で、森の片隅で、またあの眠り惚けた姿に出会うのではないかと、期待する。
そもそも彼がそばにいたのは6度の邂逅、ほんの数日間の出来事だった。
2年連れ添った妻が去った後ですら数時間後にはその痛みを忘れ去っていたというのに。
なぜ彼が黙って去ったというだけで、こんなにも心乱されているのだろう?
断じて、恋心ではない。
だが愛や友情といった、華々しいものでもない。
言葉にするなら・・・・・・なんだろう??
「オリヴェル。貴方はいったい、私の何なのでしょう?」
すると。
「・・・・・・・・・さあ、何だろな?」
慌てて振り返った視線の先で、門に片手をついて佇む優美な姿があった。
「約束通り、ちゃんと実家とナシつけてきたぜ」
肩に大きな麻色の鞄を携えたオリヴェルは、ニヤッといたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。
「というわけで、絶賛宿なし中なんだけど、またここ常宿に貸してくれる?」
「・・・・・・・・・ええ・・・ええ、喜んで」
ジャックスは答えながら、この三十数年の人生の中でも、いまほど幸福な笑みを浮かべたことも無いだろうと考えていた。
この時から、その後生涯に渡って続く、2人の絆の物語が始まったのだ。
終わり
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