【小説】カルマの詩 第4話

オリジナル小説。
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だが、事態はジャックスの心を盛大に揺さぶる方向へと転がったのだ。
出会いから数えて6度目となる邂逅は、たった2日後のことだった。

「オリヴェル! 起きてください!オリヴェル!!」

オリヴェルは今度は、グリダニアの市街地から少し離れた場所にある、小さな橋の欄干に引っ掛かっていた。
ジャックスが発見した時、背の高い彼の顔は水面ちかくまで下がった状態でいて、子供の腰丈ほどの水量の川とはいえ溺れた可能性もある。
抱え上げられ、不承不承といった体で目を開けたオリヴェルの顔を覗き込んで、ジャックスはふと眉をひそめた。

「顔色がよくありませんね。睡眠不足で体調を崩しているのでしょうか」
「うう・・・・・・くっそ眠ぃ・・・」
「先日も伺いましたが、貴方はどうしてそういつも眠そうにしているのです?」
「・・・・宿の・・・寝床が合わなくて・・・」
「寝床??」
「気い失うくらいまで起きてねぇと・・・・・・ねむれな・・・」
「なるほど。そういうことですか」

つまり夜になかなか寝付けないせいで昼に眠気に襲われるようになり、それを繰り返すうちに睡眠障害になってしまったのだろう。
納得したジャックスはなおも迷っていたが、やがて覚悟を決めてオリヴェルに向き直った。

「オリヴェル、私の家へいらっしゃいますか?」
「・・・・・・あんたの、家?」
「ここからそう遠くない場所に私の家があるのです。上等とは言えませんが、少なくとも宿の寝台よりはマシな寝床を提供できると思いますよ」
「・・・・・・・・・」

オリヴェルは少し迷う素振りを見せたが、眠気には勝てなかったのか、やがて小さく頷いた。

ジャックスは高く指笛を鳴らす。
そして駆け付けてきたチョコボにオリヴェルを同乗させると、足早に自宅を目指した。

 


 

ジャックスの自宅は冒険者居住区であるラベンダーベッドの閑静な一角にあった。

つい先日までは妻と共に過ごしていた家の庭には、彼女が育てていた多くの花々が溢れ、木造りの小さな住居もどこか温かみのある色合いに装われている。
彼女が去った後も、もともと家庭的なたちであるジャックスが労なく維持し続けていた。
―――いや、正確にいえば、不器用だった彼女が唯一こなせたのは庭の手入れだけで、家事の大半をジャックスが担っていたので問題が無かったということなのだが。

自宅への道中もずっとウトウトと頭を揺らしていたオリヴェルは、半ば担がれるようにしてチョコボを降り、ヨロヨロと家の扉を入ったところでポツリと呟いた。

「・・・・・・・・・乙女か」

ぐさっと胸を突かれるリアクションをしてジャックスは頭をかく。
オリヴェルが呆れるのも無理はない。
壁紙や家具など白やピンクで統一された室内に、散りばめられた縫いぐるみ。壁に吊るされたドライフラワーやキャンドルといったボタニカルな小物類。まさしく年頃の女性が好むような内装としか言いようのないものだったからだ。

「私の趣味ではありませんよ。先日出ていった妻の好みに合わせてあるんです」
「あんた奥さんがいたのか」
「お節介すぎる私の言動に愛想を尽かして、離婚されてしまいましたがね」
「・・・・・・なんか・・・分かる気がする」
「ははは」

言外にお節介を肯定されて苦笑いしつつ、ジャックスは右手奥の扉を指し示す。

「妻が使っていた部屋ですが、客間にしようと考えて、ちょうど設えを変えたところでした。そのままお寝みになれますよ」

そう言って案内した部屋は、木目調の家具とモノトーンな壁紙に彩られたシンプルな内装になっていた。
乙女チックな家の中で、別れた妻の部屋だけを早々に改装した理由。
それを問いただすことはせぬまま、オリヴェルはヨロヨロと寝台に辿り着き、そのままパタリと倒れ臥す。

「あ、ダメですよ、そのまま寝ては身体を傷めてしまう。せめて装備を外してから!」

ジャックスは慌てて駆け寄り、介添えをしてオリヴェルの身体から装備一式を剥ぎ取った。
身軽になって安堵の表情になったオリヴェルは、そのまま夢の世界へと旅立っていく。
すうすうと深い寝息を立てる身体に上掛けをかけてやり、陽射しを遮るための木戸を閉めながら、ジャックスは我知らず微笑んでいた。

 

 

それからオリヴェルはまる一昼夜眠り続けていた。
よほど疲れていたのだろう。彼が眠っている間、せめて乙女度合いだけでも下げようと居間の改装をしていたのだが、その物音に気付いた様子もなく昏々と眠っている。

彼が目を覚ましたのは翌日の夕刻。アーゼマの輝きが丘陵の彼方へと消え失せる間際の頃だった。
美麗な面を台無しにするような、大欠伸と共に客間を出てきたオリヴェルは、昨日までとは打って変わった、明瞭な声色で呟いた。

「あ~~~~~~~~すっげぇ・・・寝た」

寝起きらしく、目元は腫れぼったく赤みがさし、白金の髪もボサボサに乱れていたが、顔色はずいぶんと良くなっている。
夕飯の支度をしていたジャックスは、台所から顔を覗かせて笑顔を浮かべた。

「それは良かった」
「マジ久しぶりだぜ、こんなグッスリ眠れたのは。どこの街の宿に泊まっても身体が痛くなるだけで、全然休んでる気がしなかったんだよなぁ」

「貴方が利用していたのが簡易な安宿だった所為でしょう。もう少し値の張る宿でしたらそれなりの寝具を使っていたはずですが、常宿としては向きませんしね」
「そ~~~なんだよなぁ。眠かったせいでこの頃ろくな仕事もしてねぇし、そもそも手持ちが心許なかったからさ~」

ご実家には戻らなかったのですか?といい掛けた言葉は飲み込んだ。
おそらく彼は、その実家と揉め事を抱えているからこそ、エオルゼアに留まっていたのだろう。
どんなに着崩していても色を失わない気品と滲み出る育ちの良さ、それとは相反した、まるで無頼を装っているかのようなあっけらかんとした言動。
出会った時から感じていたそのチグハグさが、彼の現状を表わしているような気がした。

なので代わりにジャックスは、下拵えを続けていた手元に目を戻しながら、仕草だけで通路の奥を示して言った。

「左手奥の部屋に浴室があります。まずは身支度をしてらしてください。すぐ夕飯もできますから、どうぞ召し上がっていってくださいね」
「おう!」

素直に頷いてオリヴェルは通路の奥へと消えていく。
やがて身支度を整えて戻ってきた彼は、すっかり元の貴公子然とした様相を取り戻していた。
薄青のスラリとした衣装を纏い、肩より少し長い白金色の髪をサラサラと靡かせて戻ってきた彼は、テーブルに並んだ料理の数々を眺めて感心したように言った。

「な~~んつ~か・・・・・・あんたホントにマメなんだなぁ。
部屋も浴室も、離婚した男の住まいとは思えない整いっぷりだし、この料理も・・・すげぇな」

メインとなる肉料理にオードブル、サラダ、スープ、パン、デザートといった完璧なまでのフルコース。別れた妻からも「いつでも嫁に行ける」と太鼓判を押された腕前だ。
もはや笑うしかない複雑な心境を抱えたまま、ジャックスは食卓へと促した。

 

夕食の席でオリヴェルが語った話によれば、彼はイシュガルドに古くから続く、とある爵家の嫡男であるらしい。
しかし彼の上下にいるのは、4人の姉に、2人の妹とすべて女性。
女性ばかりの姉妹の間で育てられたため、半ば強制的に身につけさせられた「貴族女性らしい」振舞いと、男らしさを求める心とがせめぎ合い、すっかりやさぐれてしまっていたのだ。

その上、10歳以上も歳の離れた姉たちには、外見的にも内面的にも立派に貴族然とした夫たちがおり、今さら自分が跡取り息子として名乗りをあげたところで、威厳もへったくれもなく見劣りするばかりだった。
さらにこの歳になってまで、乙女チックなアレコレを要求してくる姉妹たちにすっかり嫌気がさし、家督は姉たちに任せたと言いおいて出奔してきたのだという。

しかし古い体質に拘る爵家の人々は、なんとか彼を連れ戻そうと躍起になっており、家を出て2ヶ月近く経った今でも、定住の地を求めることが出来ず安宿を転々とすることになっていた。

「なるほど、それで得心がいきましたよ。どこか身体が悪いようにも見えないのに眠り込んでばかりなのが気にかかっていたのです。そうした事情であればやむを得ませんね」

デザートの皿を突きながら耳を傾けていたジャックスは頷く。
最後のひと匙を口に運び、匙をテーブルに置いたジャックスは、オリヴェルの紅蒼の双眸を見つめて苦笑を浮かべた。

「ここまで聞いたからには、もはや他人と呼ぶのは躊躇われるというものですね。分かりました。ちょうど部屋も空いていることですし、当分我が家を常宿としてお使いください」
「お!ホントか!? 助かるぜ!」
「ただし」
「うん?」
「いずれどこかで機会を見つけて、お家の方々との決着はつけてくださいね。お家騒動に巻き込まれるかもしれないという点については善処しますが、貴方の行く末に関して、わたしには何の裁量権も無いのですから」
「・・・・・・ああ、分かってる」

ジャックスの真摯な言葉に、テーブルの木目を睨むようにしてオリヴェルが頷く。
と、そんな折だった。
ジャックスの耳元でリンクパールが涼やかな音を立てた。

「うん?こんな時間に誰でしょう?」

怪訝に思いつつ応答すると、連絡を寄越したのは、ジャックスが所属する双剣士ギルドのマスターだった。やけに深刻そうな声色で話すマスターは、混み入った話があるのですぐにギルドへ来て欲しいという。

「わたしは急ぎ双剣士ギルドへ行って参ります。合鍵をお渡ししておきますので、貴方はご自由にお過ごし・・・」
「俺もいくよ」
「いえ、しかし」
「ぐっすり寝れたおかげで力が有り余ってんだ。それにその様子だと、ひとりでも多く人手を掻き集めたいって状況なんじゃねぇか?」
「・・・・・・かもしれませんね。分かりました。では参りましょう」

2人はその場で転移魔法を使い、リムサ・ロミンサへと向かった。

 


 

双剣士ギルドのマスターであるジャックは、初めて出会った時に、名前が似ていることから親しみを持ち、以来、尊敬と敬愛を込めて接してきた人物だ。

歳こそ彼の方がいくつか下になるのだが、少年時代に難民として流れ着いた自分と双子の兄の命を救い、闘い方を教えてくれた初代マスター・シーフの志を受け継ぐ、いわば兄弟弟子でもある。
そんなジャックは、ギルドへやってきたジャックスと隣のオリヴェルを見比べ、怪訝そうな表情を浮かべた。

「あん?そっちのお兄さんはどちらさん?」
「話せば長くなるのですが、今日から我が家に居候することになった冒険者の友人です。連絡をいただいた時にその場にいたので、共に手伝ってくださると」
「へぇ~~。まぁいいや、人手は多いに越したことはない」

地図を広げたテーブルの向こう側に腰掛けていたジャックは、おもむろに立ち上がり、他にも集まってきていたギルドメンバーを見渡しながら改まった口調で話し始めた。

「結論からいうとだ、人身売買に属する案件が発生した」
「人身売買!?」

その場に居合わせた面々から異口同音に驚きの声があがる。

「情報提供者の話からすると、最初の事案が発生してから日数が経っている。事は一刻を争うってんで、隠密行動になれたウチに依頼が回ってきたって訳だ」

「しかし・・・人身売買といえば多くの場合、背後には複雑な利害関係が絡んでいて、捕らわれた人々を助けて終わりという単純なものではないはずです。時間をかけて内偵調査を行い、然るべき機関と連携をとって救助に当たるのが筋だ。今回に限って急ぐ理由は何ですか?」

そもそもリムサ・ロミンサは海賊による略奪によって富を得てきた過去を持つ海都だ。
いまでこそ提督メルウィブによって海賊行為が禁じられ国家としての秩序も保たれつつあるが、実のところ人身売買と総称される取引自体は珍しいことではない。その多くは貧しい農村や難民らの親が口減らしの名目で仲介業者に我が子を引き渡し、その子らは大きな農地の作人や、工房などの担い手、子に恵まれない名家の養子などとして引き取られていく。

むろん人道に反する行為ではあるが、混乱の続く政治が生み出した貧困ゆえの必要悪として、ある程度は黙認されてきた経緯があった。
有り体に言えば、秘密裏に行動するにはいささか問題の多い事案に、なぜ双剣士ギルドが関与することになったのか? ジャックスの発した疑問に「ああ」と頷いたジャックは、口の端を歪め、昏い感情を覗かせる厳しい表情で答えた。

「買い取った相手が悪いんだ。もともと猟奇的な人柄として知られる某貴族の御曹司だ。奴は最近、宗教か何かにのめり込んで闇の儀式を繰り返してるという噂らしい」
「・・・!」
「貴族制度自体がもはや形骸化してるとはいえ、相手が貴族とあっては表立って動くことは難しい。しかしこの事案に関しては人命が優先されるということで、隠密に動く必要があるって訳だ」
「・・・・・・なるほど」

またしても貴族か・・・とジャックスは深い胸の内で考えていた。
遠いアラミゴから貧しい難民の子としてやって来た自分には、上流とされる人々の暮らしは縁遠く、冒険者として関わる中でも貴族にはまずお目に掛かることがない。にも関わらず、このところ、普段はほとんど意識しない己の出自にまつわる辛い過去を思い起こさせるような事案が続いている。

「にしても、よくまぁそんな情報が入って来たもんだよな」

黙り込むジャックスの横で、オリヴェルがポツリと呟いた。

「ふつー貴族って言やぁ、悪事がバラされるのを避ける為に家の奴らに口止めして、それこそ秘密裏にやらかす方が多いだろ?そもそもこの話はどっから入ってきたんだ?」

「切っ掛けはイエロージャケットのとある御仁が保護した、ひとりの子供の話だったらしい」
「子供?」

「自分は姉と共に連れてこられたが、港に停泊した際に姉の手助けで何とか逃げ出した。だが姉はそのまま貴族の館に連れていかれ、他の仲間たちと共にひどい扱いをされているらしい。だから姉を助けて欲しい、とな」
「へぇ・・・」

「子供を保護した御仁も最初は半信半疑だったそうだが、念のため人をやって周辺を聴き込んでみたら、その御曹司が以前から怪しげな宗教か何かにのめり込んでいて、屋敷に近づくと妙な気配を感じるようになったと噂している連中を見つけたんだそうだ」

「俄かには信じがたい話ですが・・・全てが嘘とも思えませんね」

腕組みし考え込んでいたジャックスがそう呟いた時、いつのまにか双剣士ギルドの扉を開けて入ってきた人物が悲鳴のような声音で叫んだ。

「嘘じゃないよ!ホントに姉さんが連れて行かれたんだ!」

イエロージャケットをきたルガディン男性と共に現れ、パタパタと走り寄ってきた小柄なその人物を見て、ジャックスとオリヴェルが「あ」と同時に声をあげた。

「貴方は先日の!」

それはオリヴェルと初めて出会ったあの日、彼の短刀を狙っていた黒髪の子供だった。
保護主が現れたことで少し境遇が改善されたのか、質素ながらもこざっぱりとした衣服に改められ、顔付きも生気を取り戻しているように見える。だがこの容貌は間違いない。

「先日この子がオリヴェルの持ち物を掠めようとしている場面に遭遇したのです。寸前で私が割って入って、その時この子には逃げられてしまったのですが・・・」

そこまで答えてジャックスはふいに臍を噛むような思いに襲われた。
あの時、面倒がらずに彼を追いかけ事情を聞き出していれば、もう少し早くこの事案に対処できていたのだろうか・・・と。
だが過ぎてしまったことを悔やんでも仕方がない。

「分かりました。捕らわれた人々を助けに参りましょう」
「ホント!?」
「ええ。・・・・・・ジャック、先ほどの話からすると、その御曹司の館の場所は分かっているのですか?」
「ああ、東ラノシアのこのあたりにある別荘地らしい」

ジャックがテーブルに広げられた地図をさして言う。
すると黒髪の少年がジャックスの腰に縋り付くようにして必死に訴えた。

「オレ!オレ場所わかるよ!オレも連れてって!」
「あ、いえ、危険ですから。貴方は保護してくださった方の元で待って・・・・・・」
「いやだ!待てないよ!お願い、オレも連れてって!」

必死に訴えてくる少年を見下ろしてジャックスは途方にくれた。
彼の気持ちは痛いほどよくわかるが、明らかに危険な道行であるし、移動手段も戦う術もない少年は捜索の邪魔にしかならない。とはいえ・・・。

「ほっとけばひとりで飛び出して行きかねねぇだろ、このガキ」

まさにジャックスの胸中を代弁するようにオリヴェルが言った。

「まぁ、いいんじゃね?これだけの手練れが揃ってるんだし、ガキのひとりくらいなら守れないこたねぇだろ。ただし命の保証はしねぇけどな?」

最後のくだりを少年に向けて呟き、オリヴェルは肩を竦める。
ジャックスは、やれやれと言いたげなジャックと目を見交わし、周囲のギルドメンバーたちの表情を見て、大きく溜息をついた。

「んじゃ、そういうわけで、頼んだぜ」

ジャックの締めの一言に一同が同時に頷いた。
偵察の為にひと足先に急行するメンバーが転移魔法で消えていく。
それを見届けたジャックスとオリヴェルは、他の同行メンバーと共に少年を連れて門へと向かった。

 

第五話へ続く。

 

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