【小説】桃源郷の谷に散る華 第1章

オリジナル小説。
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カイエが初めて空を飛んだのは数え3つの覆衣(おいごろも)の儀の時だった。

覆衣とは谷の民と呼ばれる一族の間で慣例となっている行事で、母親の付属に過ぎなかった赤子に谷の民を象徴する伝統の衣を着せかけ、正式に一族の者として迎える儀式のこと。

大陸の東側1/3ほどを占める広大なヘサ山脈には、外界の人々から”桃源郷の谷”と称される深い谷がある。向かいあう壁面の紋様が似ていることから、元はひとつの山だったものが二つに割れて出来たものだと推測されるが、ほぼ直角に切り立った岩肌とわずかな木々しか存在せず、ところどころに点在する岩棚や窪みも小屋二つを並べて建てるのがやっと・・・という狭さ。およそ人が住むには適さない場所だ。そんな谷に居を構えるのが谷の民と呼ばれる人々だった。

そもそも桃源郷という呼び名も、生きた人間は暮らせない辿りつけない幻の場所・・・という意味の皮肉として外界の人々が言い始めたものだ。
そんな桃源郷の谷に谷の民が住み続けられるのは、彼ら一族が風を操り飛翔する特殊な能力を持っているからだった。

光の神としても崇められる創造神プリナリーラが遣わした「5つの御使い」のひとり風の御使いフェサリターシャが、長である光の御使いから託された「光の衣」を谷に封印し、その封印を守らせるべく、谷の民の始祖となった人々に特別な恩恵を与えたのだと云い伝えられる。その真偽は定かではないものの、谷の民に生まれつき飛翔能力があるのは本当だった。

呪文も法具も必要ない。
背に広げる羽根もないが、谷の民は自らの飛びたいという意思だけで自由に飛翔することができる。ただし赤子のうちは飛ぶことができないので、成長と共に自らの血に眠る力を呼びおこさなければならないのだが。
つまりその事始めとも言えるのが覆衣の儀式なのだ。

通常、谷の民は物心ついた頃から大人たちに導かれて浮遊の修練を始め、声変わりする頃には一人前の谷の民として自在に飛び回れるようになる。そうした能力の発現時期は個人差はあるがおよそ5歳~7歳ころ。それまでは大人たちに抱えられて谷の間を移動するのが常だった。ところがカイエに限っては、物心もつかない数え3つの時にいきなり宙を飛んで見せたのだ。

後に母親に聞いた話によれば、覆衣の儀式の賑やかさに興奮した幼児が、周囲を飛び回る大人たちを見つめるうちに、いつの間にか宙に浮かんでいたというのだが、過去にこれほど早く飛翔能力が発現した例はなく、当時の一族の驚きは相当なものだったらしい。
それゆえに一族の者たちはみな、風の御使いの申し子だとか、光の衣の正当な継承者だなどと噂している。

だがカイエは思うのだ。
「その肝心の光の衣がどこにあるのか分からないんじゃ、谷の民の存在する意味もないんだよなぁ・・・」

ゆるく編んで首に巻き付けていた髪を解きながら、カイエは谷の向こうを見晴るかした。
岩棚の端から見えるのは、遥かかなたまで延々と続く谷。
陽は一刻ほど前に谷の間を通り過ぎた。いまはヘサ山の真向かいにあるオンム山の頂の左肩に腰を下ろそうとしているところだ。あの陽が完全に峰に隠れてしまう前に、五段棚に生えるスピの木の実を籠一杯に採取して帰るというのが母としてきた約束だった。

谷の中腹にある岩棚から、二百メートルほど離れた高みにある五段棚へと一気に跳躍する。
先ほど解いた背丈ほどもある砂色の長い髪が、谷を流れるゆるやかな風に巻き上げられ、まるで孔雀の尾羽のように扇形に広がった。生活上の必要から谷の民はみな髪を長く伸ばしているが、カイエのそれは一族の中でも際立って艶やかで豊かなものだった。少年期特有の華奢な体と優し気に整った瓜実の顔を長い髪が覆う様は、筆舌に尽くしがたい不思議な美しさがある。

岩棚へたどり着くと、カイエは背負っていた籠を岩床に下ろし、風に遊ぶに任せていた自分の髪にわずかばかり”力”を込めた。周囲を取り巻く風に自らの力で働きかけ、髪の先端を立ち並ぶ木々へと伸ばす。

スピの実は握り拳に包めるほどの大きさの赤黒い殻に覆われた丸い実だ。殻を割って出てくる薄桃色の果実は非常に栄養価が高く、甘みも強い。谷の生活には欠かせない食料のひとつだ。生食で味わってもうまいが、傷みやすいため、たいていは煮詰めてジャムなどに加工してから保存する。むろん本来はこんな絶壁に生えるような木ではなく、何代も前の先祖が苗を運び改良を重ねて育ててきた谷の民の専有物だった。

触手のように伸びて広がった長い髪が実のひとつひとつにまといつき、優しくもぎ取っては足元に置かれた籠へと納めていく。事情を知らない人間がみたら魔術だと思うだろうそんな芸当ができるのも、風を操る谷の民ゆえのものだった。
それからどのくらいの時が経ったのか。
籠がスピの実でいっぱいになった頃、籠を持ち上げようと身を屈めたカイエの視線の先で、五段棚の向かいにある細道にすっと影が横切ったように見えた。

切り立った崖と岩ばかりで獣道さえ存在しない谷だが、そんな山脈にもひとつだけ外界と谷とを繋ぐ一本道がある。もちろん自然のものではなく谷の民たちが何百年もかけて整備した細道だが、いつの間にかそこにひとりの男が立っていた。

谷の民ではない。

日差しの強い土地の民なのか、遠目にもわかる褐色の肌と漆黒の髪。谷の者なら長く伸ばしているはずの髪は、顔の周囲を覆うような長さでざんばらに切られていた。細身だがかなり背が高い。手足も長く均等の取れた体つきをしている。俯いているので顔はよく見えないが若い男であるようだ。
細道はカイエのいる五段棚からはやや低い位置にあるので自然と見下ろす形になっていた。その細道の先端で―――ふいに男の身体がグラリと傾いた。

「・・・・・・っ・・・あ・・・危ないっ!!」
思わず籠を足元へと放り出し、迷わず谷へと身を投げた。

ぶわりと広がった髪が羽のように背に広がる。
カイエは両手を伸ばし、棒のように落ちていく男の体を追って飛翔した。
岩棚三つ分ほど落ちたあたりでようやく追いつき、腰に両手を回して男の身体を引き寄せた。背の髪も使って手足ごと男の体を包み込み、そのまま元いた五段棚へと飛び上がる。
放り出していた籠の傍らに男の体を横たえると、男は気を失ったままグッタリと目を閉じていた。
「ったく・・・なんなんだ。登り疲れて気分でも悪くなったのか。それとも新手の自殺志願者か??」
皮肉げに独りごちたカイエだったが、改めて男の顔を覗き込んだところで思わずまじまじとその容貌に見入ってしまった。

息を飲むほどに整った顔立ちの青年だった。
最も表情の優劣を左右するはずの瞳を閉じていてさえハッとするような掘りの深い顔立ちは、最初の印象通り熱帯地の民特有のものだろう。広い額に、切れ上がった目元、高く通った鼻梁、薄く形の整った唇。それらが褐色の肌に不思議なほど調和し、どこか近寄りがたいような雰囲気を作っていた。カイエも一族からは稀な美貌だと褒めそやされてはいたが、足元にも及ばないと感じるほどに男の顔は秀麗だった。

「すっげ~~~~美形。この身なりからして、どっかの国の王子かなんかかな」
数分ほども見呆けた末にようよう呟いたカイエ。

するとその独り言に答えるように、男が低く呻いて薄目をあけた。
「・・・・・・・・・こ・・・こは・・・」
弦楽器のような深い響きをもつ低い声だ。

「桃源郷の谷だよ。あんた通用路の端の崖から落っこちたんだ。オレが気づいて抱き留めなきゃ、あんた谷底に叩きつけられて爆ぜた瓜みたいになってたところだぜ??」
ぼんやりと薄目のまま見上げていた男が、桃源郷の名をきいてハッと目を見開いた。予想に反して、黒髪との組み合わせとしては珍しい晴れの海原のような青い瞳だった。
カイエの瞳を覗き込んだ男はやがて、なぜか苦しそうな表情でつぶやく。
「そうか・・・・・・君が助けてくれたんだな・・・ありがとう・・・」

カイエは目を瞬いた。
長い旅路ゆえか衣服は多少くたびれているものの、傍目にも身なりの良い人物だっただけに、どこぞの王族だろうと予想していたカイエは、印象だけで勝手に気位の高い人物だろうと決めつけていた。それが真っ先に礼を口にしたので面食らったのだ。
しかしすぐに我にかえって聞き返した。
「あんた何処から来たんだ?この小綺麗な恰好からして、相当身分の高い家の出だろう?何でまたこんな、辺境も辺境・・・ド辺境の地までやってきたんだ」
「ああ・・・わたしは、イエヌス王の王子だ。王命を受け・・・ここに」
「はぁ?王命??」
意外な言葉に、思わず声音をあげて訊き返していた。

「こんな山と谷しかない場所に、いったい何の用事があるっていうんだ?」
カイエが呆れるのも無理はない。
ヘサ山脈は海抜千メートルを超える山々が連なる山脈だが、そのほとんどがごつごつとした岩峰で、めずらしい木々も無ければ、金銀や宝石といった鉱物が採れたという話も聞かない。岩棚で育てた作物や僅かに生息する獣の肉、それらを売って得られる外界のわずかな糧食で細々と生活する民がいるだけの、はっきり言えば何もない場所なのだ。
空を飛翔できる谷の民の能力は他者から見れば恩恵だろうが、それとて谷で生活するうえで便利というだけで、長距離を飛び続けられるようなものではなく、風を操る力も、例えば戦に用いれるほど優秀なものではないだろう。それならば四大精霊を使役する魔術師たちのほうがよっぽど役に立つ。一国の王が興味をもって人を派遣するほどの何がこの谷にあるというのか?
そんなカイエの戸惑いを感じたのか、男が愁眉を開いて微笑んだ。
「そう・・・たぶん王命とは、わたしを王宮から放逐するための口実に過ぎないのだろう。わたしとて本当にあれがここに存在すると思っていたわけじゃない。だが、子供心に憧れたんだ・・・・・。だから、喜んで拝命すると答えた」
「あれって何だ?」
「風の御使いが封じたという・・・光の衣・・・」
「・・・・・・なんだって?」
思わず見張ったカイエの若草色の目と、男の深青の視線が交差する。
「わたしは、光の衣を手にいれるために、ここへ来たんだ」
カイエはしばらく無言のまま男の顔を見つめ続けていた。


カイエの自宅は、五段棚からは1キロほど離れた谷の中腹にある。
斜めに並んだ3つの窪みに壁を築いて作った小さな棲み処だ。一見とても原始的な佇まいだが、取り付けられた木の扉をくぐった先にあるのは、町の人々の生活とさほど変わらない家具や寝具が置かれた空間だ。
スピの実の籠を男に持たせ、自分は彼の背を支えて飛翔してきたカイエは、扉をくぐると、ふうとひとつため息をついてから明るい声をあげた。
「ただいま~~~~母さん!遅くなっちゃってごめんよ。はいスピの実」
「ああ、ありがとうカイエ。さっそく明日煮詰めてジャムに・・・・・・あら?」
台所で夕食の支度をしていたらしい母のミレイヤは振り返り、息子の背後に立っていた男を見て、小さく驚きの声をあげた。
「まぁ外界の方ね。いったいどうしたのカイエ」
「あ~~~~~~ひと言で説明するのは難しいな。父さんも帰ってきてから順を追って話すよ」
「そう??とりあえず、何ておっしゃる方なのか教えてちょうだい」
「え?あ、そっか。そういや名前を聞くのを忘れてたよ」
カイエは男を振り仰ぐと、親指で自分を指しながらあっけらかんとした口調でいう。
「俺はカイエ。なぁ、あんた名は??」
「ああ、わたしの名はアルフ。アルファラード・オヌ・イエヌス」
「―――イエヌス・・・?」
男アルフの名乗りを聞いて、ふいにミレイヤが遠い記憶をたどるように目を細めた。
「母さん?なんか心当たりでもあるのか?」
「・・・いえ、何でもないわ。前にきいたことがあるの。確か二十年ほど前にいまの王様が即位なさって、その周辺の国々がちょっと揉めたのよね。いつもの糧食がこの年だけは思うように手に入らなくて、とても困った記憶があるから」
「え、そんな近い国なのイエヌスって?この人の見かけからして、もっと遠い暑い地方の国だとばかり・・・」
「イエヌスは山脈の南西にある盆地の小さな国よ。・・・そうね、確かにイエヌスの人たちはこんな肌色はしていないわ。私たちとさほど変わらない、白い肌と淡い色の髪の人がほとんどよ」
言いながら母子の視線が同時にアルフの元へ返る。
褐色の肌をした男は二人の視線を受けて寂しそうに微笑んだ。
「ああ。わたしは妾腹の子だからな」
「妾腹??・・・って~~と、つまり・・・」
「王が即位前に手を付けた、名も知らぬ遊牧の娘の子供だ」
それでも宮殿に住まわせてくれた父には感謝しているがね・・・と苦笑したアルフを見て、ふいにカイエは、死ぬ気だったのかもしれない、と思った。
細道から落ちたあの時アルフは全てを諦めたような寄る辺ない瞳をしていた。
口伝えの伝承にすぎない神具を探す、そんな途方もない命令に従って単身旅立ち、通常人が足を踏み入れるには困難な谷までやってきたのも、王命だからというより、彼自身が言っていたようにただひとつの憧れ、希望だったからだろう。それほどに彼は生きることに倦み疲れて・・・。
暗い思いを振り払うように頭を振ったカイエは、努めて明るい口調でアルフに言った。
「まぁともかく、あとは父さんが帰ってきてからの話だ。じきに帰ってくるはずだからさ!」
アルフは無言でカイエを見下ろし小さくうなずいた。

それから半刻ほどで帰ってきた父ザットも含め、4人は夕食のテーブルを囲みながら、異国から訪れた麗人の境遇について多くを語り合った。
ザットは谷に4つある大棚の農園で働いているのだが、雪の積もる冬は出稼ぎに街へ降りることも多く、カイエやミレーヌよりも外界の事情に明るい。そのため、息子が連れ帰った男の境遇を知ってもさほど驚かなかった。
彼の生い立ち、近隣諸国の情勢、彼を快く思わない兄姉やその母親たち。そして浅黒い見た目ゆえに民の間で広まったという”影の魔物”という噂。
「影の魔物・・・って何だ?」
「光の神プリナリーラがこの世を創造された時、果ての地に降りたった5つの御使いが5つの属性それぞれを司ったという神話は知っているだろう? 火・水・風・土・光。そのうちのひとりが、君たちも知る風の御使いフェサリターシャだ」
「ああ。それなら一族の爺さんたちにイヤってほど聞かされてっからな」
カイエは指先でちぎったパンを口へ運びながら、肩をすくめてうなずいた。

伝承によれば、世界のすべては《光(グリーフェ)》と呼ばれる要素で構成されているという。
創造神は光を球の内に収め、その中に思う世界を作った。そしてその世界を維持するための管理者として5人の御使いを送り込んだ。
彼らは根源たる光と4大要素を司り、人や動物たちを導く守り手として平和に過ごしていたが、ある時、長い時の中で《影(エイシェ)》として溜まり続けた負のエネルギーが魔物と呼ばれる存在を生み出した。それを憂いた光の御使いが作りだしたのが「光」という名を冠する神具なのだという。

火の御使いに「光の矢」、水の御使いに「光の鏡」、土の御使いに「光の鍵」、そして風の御使いに託されたのが「光の衣」。じつは光の御使い自身にも5つ目の神具が作られたとする語りもあるが、実際のところは御使いのみが知るところだろう。

「んで、風の御使いは光の衣を谷のどこかに封印した・・・ってさ。オレら谷の民はもともと、封印された神具を守るためにここに住み始めたんだって言われる一族だしな」
「ここより西の大陸の果てには光を操る術師たちを育てる土地があるそうだ。我が国お抱えの術師たちが、ある時ふと漏らした言葉が噂の発端となった。真実は違うのだそうだ」
「真実って、伝承のか?」
「ああ。神代の時代、神具は封じられたのではなく、すべて破壊されたのだと」
長方形の机の片側にいた両親と、その向かいに座るカイエが同時に息を飲んだ。
思慮深いまなざしでアルフを見つめていたザットが、老いた面差しに似合う豊かな頬ヒゲを擦りながら眉根を寄せて呟いた。
「それがもし本当なら、我々谷の民にとっては大変なことだ。存在しないものをあると信じて、代々守り続けてきたことになるわけだからな」
アルフは、独り言のようにつぶやくザットを静かな目で見つめていた。
感情の読めない、だが無表情というわけではない、どこか遠くを見つめるような眼差し。
「・・・光の衣は・・・ある」
カイエはアルフの横顔を見つめた。
その視線を感じて彼が見つめ返す。何ごとかを問い掛けるような表情に、胸の内で一つ鼓動が鳴る。
「術師たちから聞いた話だと、こうだ。
光の神具が御使いたちに託されてからしばらくして、影の御使いを名乗る黒い魔物が現れた。その魔物は姿かたちが光の御使いに似ていたため、惑わされた彼らは神具を役立たせることができず破壊されてしまった。駆け付けた光の御使いによって黒い魔物は倒されたが、グリーフェの消耗が激しくて神具を蘇らせることはできなかった。やむなく光の御使いは残ったグリーフェを封印し、いつの日か蘇ったグリーフェによって神具が復元されるまで守り続けるようにと言い渡した」
そこでアルフは言葉を切り、ふっと苦笑してから続けた。
「わたしのこの黒い姿は、まるでその影の御使いのようだ・・・とね」
「ばっか馬鹿しい!!」
カイエは、茶を飲んでいたカップを勢いよく机に叩きつけて憤然と呟いた。
「肌の色なんて関係ないじゃん!あんたのような容姿の人なんて南の国へいけば大勢いるんだろ?あんたを産んた母さんがたまたまそういう人種だったってだけだ。そんな事くらいであんたの家族も、あんた自身まで後ろめたく思ってたってのか!?―――はっきり言うけどさ、馬鹿だよあんた!!」
「・・・おやめなさいカイエ」
斜め向かいに座っていたミレイヤが、困り顔でカイエの袖を引く。
ザットも小さくうなずいてたしなめるように言った。
「時に人は、それが迷信と分かっていても、不安や疑念を抱いてしまうことがある。孤立してしまったからといって、それは彼のせいではないさ」
「けど・・・!」
「彼の不幸は彼のせいではない。だが、彼のこれからの人生を幸いにするか否かは彼が決めることだ」
ザットはカイエに向けていた眼差しをゆっくりとアルフのほうへと向け、瞬き3つ分ほどの間を開けてから言葉を続けた。
「いずれにせよ、私たちが谷の民である以上、光の衣を手に入れるという彼の望みに応えることはできない。相手が誰であろうと、たとえ王であろうと、私たち一族に課せられた風の御使いの使命に背くことはできないのだからな」
「・・・・・・」
「まぁ、そりゃそうだよな」
そもそも何処にあるのかも分かんないんだし・・・と心の中で付け加えて、カイエはため息をつく。
アルフの境遇に同情はするが、だからといって守護すべき宝をおいそれと渡せるわけもなく、命を成し遂げられないことで彼が受けるかもしれない処遇についてどうしてやることもできない。・・・だが。
「せっかく助けたんだからさ。死んでもいいや、なんて選択だけはやめてくれよ」
それがカイエの本心からの呟きだった。
考え込む様子でいたアルフはふっと表情を緩めてうなずく。

さきほどから彼は不思議に問いかけるような眼差しでカイエを見ていた。

それが何を意味するのかカイエには分からなかったが、カイエの呟きによって、何がしかの決意のようなものを固めた様子だけは伝わってくる。そこからもしばらくアルフは考えていたが、やがて言葉を選ぶようにしてゆっくりと呟いた。
「わたしはイエヌスの王子だ。王命に背いて出奔するというわけにはいかない。だが、谷の一族の使命も分かる。だからわたしはありのままを王に伝えようと思う。その後に、私自身をどうするか決めようと思う」
「大丈夫なのか?王様に・・・その・・・牢屋に入れられたりとか」
「分からない。だが光の衣が手に入れられない以上、私にできることは誠意をもって伝えることだけだ」
「それが君の覚悟なのだな」
ザットは組んでいた腕をほどいて大きくうなずいた。
「旅の疲れが癒えるまでのあいだは滞在を許そう。谷を見て、谷の民を知り、いかにこの谷が何もない場所であるか・・・・・・・・・・・・・・・・・を理解してから帰るといい」
「ああ」
理解顔でアルフもうなずいた。
そうして、褐色の肌の異邦人は、谷の来訪者となったのだ。

 

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